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ジョージ・キューカー「男装」:キューカーとケイトの超解放的スクリューボール・コメディ

5億点。

キャサリン・ヘップバーンが演じるシルヴィア・スカーレットと魅力的なキャラクター達の珍道中、邂逅、そして追跡劇。

 

1935年、ジョージ・キューカー監督、キャサリン・ヘップバーン主演、ケイリー・グラント助演。原題は "Silvia Scarlet" 。

キャサリン・ヘップバーンケイリー・グラントは1938年「素晴らしき休日(ジョージ・キューカー監督)」、赤ちゃん教育ハワード・ホークス)、1940年「フィラデルフィア物語ジョージ・キューカー)」などの作品(どれも超傑作)で共演するなか、本作が初共演の作品となる。

 

母を亡くした貧しい洋裁店の一人娘シルヴィア・スカーレットが男装し、父とロンドンに逃亡するところから物語は始まる。
軽薄な父は商売道具のレースを密輸し金儲けを企むが、道程で出会った詐欺師・モンクリーに欺かれ密輸は失敗する。
モンクリーの企みで彼とスカーレット親子はタッグを組んで様々な手段で金を儲けようとするが、 シルヴィアの繊細さ・誠実さによって企みがばれていずれも失敗する。
彼らはショーを興行し、その中で冷やかしのブルジョア、リリーとフェーンに出会う。
シルヴィアはフェーンに恋をし、男装を明かすも、彼を愛するリリーによってその恋は阻まれる。
失意に陥ったシルヴィアはさらに父を失い絶望する。
シルヴィアとモンクリーは翌朝ふたりで再出発を試みるが、シルヴィアは海で溺れるリリーを発見し、彼女のためフェーンに再会する。
リリーのもとへ戻ろうとしたシルヴィアとフェーンは、モンクリーがリリー共々逃走したことを知り、フェーンの車に同乗し二人を、フェーンとシルヴィアが互いの本来のパートナーであると盲信しているリリーとモンクリーを追いかける。
列車内に舞台を移し、モンクリー達の所在を突き止めたふたりは別れを告げようとするが、ようやくお互いの気持ちを知り列車を止め外に出る。
覚悟ある解放を叫びフェーンと結ばれるシルヴィアを見守りながらリリーの喚声をやり過ごすモンクリーを描いてエンド。

 

以上が要約だが、お察しの通りプロットに脈絡は無く、それを理由に本作はキューカー作品の中で駄作扱いされることが多い。
実際、シルヴィアが男装を明かす前と後、そして追跡劇が始まる前と後では全く別の映画と言っていいほど展開は跳躍的だ。
一方、この時代に全盛を迎えるスクリューボール・コメディ作品群はその制約や当時の流行から展開が単調になりがちで、ともすれば作品を体験するごとにその予定調和的なストーリーの中で演出や演技の巧緻を愛でるという、ある種倒錯的というか批評家的な内向けのツマンネー観賞に陥ってしまいがちである。
その中で本作はその脈絡のなさ、言い換えれば脱文脈的な予測不可能さによって視聴者は否応なくハプニング的に、キャサリン・ヘップバーンの立ち回り、その雄弁な目と口元の所作、見事な台詞回しと舞台使いを新鮮さを持って体験することになる。
そしてその跳び回る展開の最後にシルヴィアが覚悟ある解放を叫んでフェーンと抱き合い、それを車内から見つめるモンクリーを映して終幕する、名演をエモさで締めるこの説得力で映画体験として5億点以上の価値がある。